(・ε・)ムー  ムシムシする。

【エッセイ】Vol.7 子供の頃の思い出はこびりつく。

こんばんは ましゅーです。( -д-)ノ

(  ̄っ ̄)ムゥ どうなる事やら。

どうなんでしょうね。

ねこーん

夏ごろに東京行きを予定しています。まあ、東京というか東京周辺ですけど。僕の見立てでは、それまでにワクチンを接種できると思ってたんですよね。正直、ココまで遅れるとは思わなんだ。9月まで延長するかどうか悩んでいます。状況次第だけど…このままだと延長だな。

ここから本編

今回の話題は【エッセイ】です。

( ̄ー ̄)ニヤリ ダラダラ書きます。

僕の出番ほとんど無いんです。

ねこーん

それでは早速どぞ。

小さい頃の興奮

僕、10月の風が大好きなんですよね。

理由は”グーニーズ”の小説版を読んでからです。小説の出だしで、「10月の地面からわき出すような風が大好きだ。何か良いことが起りそうな、楽しいことが起きそうな予感がするからだ。」みたいな文があったんです。(小説を引っ越しの際に無くしたので、きちんとした文面は忘れました。)

ソレを読んでから、10月の風には特別なモノを感じているんです。今でも10月の湧き上がる様な風を身に受けるとワクワクしてしまう。何処かへ行きたくなるんです。

僕はバナナを食べることが出来ません。

小さい頃は大好きだったんですけど、食べ過ぎで吐いた思い出があるんですよね。まあ、ひと房も食べたら、そんな事にもなるんでしょうけど。で、その結果、僕はバナナ味のする食べ物が食べられません。

これ、不便なんですよね。けっこうね、お菓子とか飲み物とかバナナ味ってメインで使われることが多いんです。牛乳レベルでベース味に使われる事が多い。「バナナ味ならまず間違えんだろう。」っていう食べ物メーカーさんの声が聞こえて来そうやもん。「バナナ味が嫌いな人間もおるで。」と声を大にして言いたい。

そんな感じで、「幼い頃に刷り込まれたモノを払しょくするのはムツカシイ。」と思うんです。

後半のバナナに関しては、人生である意味マイナスだと思うので、払しょくするチャンスも気概もあるんです。今は食べられないケド、もっと歳を取ったら食べられるようになる可能性はある。納豆だって食べられなかったけど克服したし。

人生でマイナスになる様な刷り込みは払しょく出来る。また、払しょくする努力も出来る。克服した方が良い事だと分かっているから。でも、”10月の風”の様な出来事には、払しょくするチャンスがなかなか訪れないし、払しょくする努力も起こりにくい。悪き事ではないし、行動的で良い事だとも思えるから。

いま、東京オリンピックのバタバタを見ていると似たような事が起きているんじゃないかと感じてしまう。

最初の東京オリンピックの開催年が1964年。時の政権は第一次佐藤内閣(自由民主党)。終戦から19年、復興した日本を世界に知らしめるチャンスであり、また、世界初の有色人種国家で開催される大会だった。

その偉業は当時の日本人に鮮烈な思いを刷り込んだのではないかと思う。「オリンピックは素晴らしい。オリンピックが開催されれば、嫌な事など吹き飛んでしまうんだ。」と思った少年少女も多かったのではないかと思う。

それから57年。再び、オリンピックは東京へ帰って来た。

現在の政権も自由民主党。そして、あの頃、オリンピックに感動を受けた少年少女は政権の中枢に君臨する世代となった。だからか、「オリンピックは別物だ。」そんな別腹感を今の政権から感じてしまう。

歳を取ればとる程、昔の事は美化される。ノスタルジックと言う言葉と共に。

冷静に見れば、今の方が良い事なんていっぱいある。でも、美化される思い出が判断を鈍らせてしまうのだと思う。温故知新はとても大切だが、ホドホドにしないと駄目。過去に縛られていては前進できないのだから。

半世紀がたち、オリンピックは変わってしまった。

商業的価値が上がり過ぎた今のオリンピックは、平和の祭典ではないように感じる。それは、開催国へ重荷にすら感じさせるのではないだろうか。

半世紀たち、日本は変わった。

かつて、殿(権力)が決めた目標に対して、個人が身を削る事が美徳とされた考えは薄れ、身を削る個人の痛みがわかる国へと成長している。痛みを堪えるが美徳ではなく、個人の幸せ、周囲の幸せを考える事が美徳と変化し始めた。

いま、オリンピックは本当に必要だろうか?

あとがき

ε=( ̄。 ̄;A フゥ… 書けました。

やっと僕の出番がきました。

ねこーん

いやね、「断固はんたい!」って言う訳でもないんです。でも、何となく別腹感になっているのはどうかと思う。ダブルスタンダードって帳尻が合わなくなるんですよね。必ず。

札幌のマラソンが良い例でしたね。

オリンピックの開催に向けての実験マラソンOKだけど、マラソンが終了した後は不要不急の外出は駄目よ。じゃ、誰も納得しないよ。あまりにも勝手だと思う。

中途半端が一番駄目だと思う。

オリンピックを開催するなら、「経済がいちばんです。」って事で、緊急事態宣言なんか止めなきゃダメでしょ。国として。国民も自由にさせなきゃ駄目です。それが経済の復興になるのだから。「人を守る、まずは感染を止める。」とするならオリンピックの開催は無理。

どちらにしろ、腹を括らないと駄目だと思う。どっちつかずのダブルスタンダードだから民心が離れ、皆が好き勝手を始めているのだと思う。日本人ってルールを守る国民性だけど、そのルールがブレてタガが外れた時は面倒くさい国民性だと思いますよ。

ちょっと政治色が強すぎるエッセイとなりました。次回はもっと気楽な事を書きたいな。

(((uдu*)ゥンゥン 次回は気楽にね。

次回も頑張りましょうね。

ねこーん

皆さんにもエッセイを楽しんでいただけたら幸いです。それでは、今回はこの辺で。

8 COMMENTS

ねぇやん

「選手は、この日のために努力してきているのだから」と、オリンピック開催賛成派の人は言うけど、選手はある意味職業。
選手じゃなくたってみんな頑張ってるよ。

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ビー玉

自粛しろ、だけどオリンピックはやりたい。
もしくは、オリンピックをやりたいから自粛しろかな?
私はこの時期のオリンピックに賛同できないから、政府に共感できなすぎてひくわぁ( ꒪⌓꒪)

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風のましゅー。

いわゆるダブルスタンダードなんだよね。(・ε・)ムー  どうなるんやろ。

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Nick Ollie

オリンピックについてはほんと難しいですね。
こんな中で無理に開催しても、みんな冷めちゃう気もするし。今やってる聖火リレーも盛り上がらないのは当然よね。
でも、頑張ってきた選手たちには晴れ舞台で活躍して欲しい気もするし。

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風のましゅー。

( ゚д゚)ウム 難しい問題だけど、話し合って、その内容を知らすのが大事だと思うんだよな。

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